広報はだの9月1日号 6面 No.1154 チカイナカ 吉田一家と私の7年間 憧れの田舎暮らしといえば、 退職・転職後。生活基盤は農業。 みんな、そんなイメージだった。 でも、都会に通勤しながらだって、満喫できる。 そんな田舎暮らしが、ここにあるんだ。 それは、私が20歳を迎えた春の出来事だった。小学生と小さな子供2人を連れて、その夫婦はやってきた。  「トトロの世界みたいにしようね」  子供たちを気にしながら、母親も童心に返ったような表情で声を弾ませる。あちこちを見渡し、何かをたくらむ父親の目線が、少し怖かった。どうやら、この地に一目ぼれしたようだ。  しかし、住み始めた頃の夫婦は、大変そうだった。たまたま近所の不幸が重なり、お葬式の手伝いに何軒も呼ばれていた。祭など、地域のさまざまな行事にも声を掛けられ、毎月のように準備などを手伝っていた。移住者には、避けては通れないキツい田舎の洗礼だったろう。  さあ、夫婦のグチを聞いてあげないと―。でも、二人の会話から出たのは、意外な言葉だった。  「受け入れられた気がして、うれしかったね」  ここに住む前の5年間、吉田家は横浜市から厚木市の借家へ引っ越し、一足早く田舎暮らしに触れていたらしい。しかし、一時滞在者として、地元の人とは一線引かれているように感じていたようだ。  「新参者の一番の武器は、やっぱり子供だなあ。近所の人と話が弾むし、すぐに知ってもらえるしね」  「周りはみんな知ってる人。子供は悪いことは叱られるし、良いことは褒めてもらえる。地域の人が一緒に成長を見守ってくれるのはうれしいね」  吉田家の子供たちは、この7年間ですごく成長したと思う。上地区は子供が少ないから、歳が違う友達とも仲が良く、ここへもよく遊びに来る。年下に手加減したり手伝ってあげたりと、自制心が育まれているのが、目に見えて分かった。  「お母さん、イモリの住んでる場所を、高校生のお兄さんに教えてもらったんだよ」  豊かな自然も、この子たちを育んでいる。下校中、捕まえた生き物を歯みがきコップに入れて帰ってくるのは日常茶飯事。桑の実を食べて、ホラー映画さながらに口を紫にして帰ってくると、母親はやれやれと苦笑い。私も汚されないかと、いつも心配だった。ある日、学校から帰宅するなり、興奮しながら母親に言い放った言葉が、印象的だった。  「大きなヘビが、道で死んでた。生きてると硬いのに、死んじゃうと柔らかいんだよ」   この子たちにとって、毎日が理科の授業だ。かけがえのない体験が、身の回りにあふれている。  「ここで暮らして一番良かったことは、子供たちに人や自然との濃い触れ合いを経験させてあげられたこと。都会の子育て世代の人たちに、この場所を教えてあげたい。子供の泣き声を騒音と言われちゃうことだって、ないんだよ」  いつか、母親が知人に話していた言葉と重なった。  そんな吉田家が一番騒がしかったのは、2年前。満君が産まれた日だったね。隣町の助産師を呼んで、自宅出産。母親が陣痛を忘れるほど、家族で大騒ぎだった。  「赤ちゃん、頑張れー!」  「お母さん、頑張れー!」  そこにいた誰より力強い産声が、鳴り響いた。みんな、幸せそうだった。こんなにすてきな騒音、何度でも聞きたいな。そうそう、この年はヤギのソウタも産まれて、一気に田舎らしい大家族になったね。  もはや「プチ」にとどまらない吉田家の田舎暮らしだけど、何より苦労したのは、最初の家探しだったみたい。  だから、私のことをとても大切にしてくれる。出会った頃は普通の中古住宅だった私に、ウッドデッキや子供の遊具を付けてくれた。庭にはピザ窯まで作ってくれた。子供の成長と共に、年々すてきな家に私を育ててくれている。  「あと30年、40年住み続ければ、この家も立派な古民家だね」  「子供たちが大人になったとき、自分の故郷はここだと言える場所を、手に入れられた気がする」  私が人間だったら、子供たちに負けないくらい、嬉し泣きしたかも。  この先、吉田家みたいな家族がもっと増えてくれたら、うれしいな。 吉田一家 田舎暮らしを求めて、7年前の4月に自然豊かな上地区の八沢へ移住。一家を支えるのは、横浜など県内一帯が勤務地である県職員の直哉さんと専業主婦の勝子さん。4人のわんぱく息子と2匹のツンデレなヤギが家族の笑顔を作る。自分たちの生活を「プチ田舎暮らし」と呼び、自然や地域住民との交流、農作業などを楽しみながら地元に溶け込む。 (左から) 光君(8歳)、満君(2歳)、優駿君(14歳)、 真杜君(11歳)、ウメコとソウタ(4歳・2歳)、 勝子さん(38歳)、直哉さん(50歳) ① 自宅のウッドデッキに取り付けられたハンモックと遊具は、子供の特等席 ② 初の自宅出産。みんなで見守った、命の誕生 ③ 仔ヤギと踊る?子供たち ④ お父さんとミツバチの待ち箱作り ⑤ 絶滅危惧種のイモリにも、触れられる ⑥ みんなで準備して、みんなでお祝い。その繰り返しが、地域の絆をつくる